闘う書評!フロム「愛するということ」②愛する行為のみが人間を知り、生命を知り、宇宙を知る
前回から引き続き「愛するということ」を読んでいきます。
人は誰でも、人間とは何か、生命とは何か、世界とは、地球とは、宇宙とは何なのかを考える生き物です。それらに答えは辿り着けそうにはなくても、あきらめずに思考を続けるのです。
私たちは自分が誰かを知っています。そして愛する人が誰なのかも知っています。しかし同時に私とは何か、愛する人とは何かを根本的には知ることができません。
それでも人間の秘密、魂や生命の秘密を私たちは追い求めます。そのいちばん奥に到達しようとするのは本能でしょう。
フロムは「愛こそが他の存在を知る唯一の方法」だと述べます。普通の思考では得られませんが、愛の行為が思考や言語を超越します。自分を与え、相手の内部に入っていく行為によってお互いを知り、生命を知るのです。ただし、それらの全てを「理解」できるものでもありません。フロムを引用します。
「私たちは人間や世界の秘密を『理解する』ことはけっしてないにもかかわらず、愛の行為においては、それらを知ることができる、という認識である」
それは、私たちの知性には本質的に限界があるからです。ディーツゲン(ドイツの哲学者)も同じことを述べています。
「われわれはいかにも全ての客体を認識するであろうが、しかしどの客体をも認識し尽くし、知り尽くし、あるいは把握し尽くすことはできない。(略)頭脳の中には事物の無限の多様性と無数に豊富な性質を入れる余地はない」
フロムの述べる愛は、私たちの孤立を克服するものです。最後にマザーテレサの言葉を引用します。
「与えることを学ばなければなりません。でも、与えることを義務と考えるのではなく、与えたいという願いとすることが大切です。(略)私たちが仕えている貧しい人たちは、あなた方からの憐れみも、見下すような態度も必要としていないのです。彼らが必要としているのは、あなた方の愛と親切なのです」
これこそ真の愛です。
#フロム #愛するということ