辺野古でひろゆきさんと山城博治さんがバトル?基地反対が本土に理解されない理由とは
2022年10月3日のひろゆきさんのツイートが波紋を広げています。
「座り込み抗議が誰もいなかったので、0日にした方が良くない?」
私は驚きましたよ。この抗議活動は元々、単なる「座り込み」では無かったのです。つまり、資材等を運ぶダンプカーを物理的にシャットアウトして、工事の進捗を遅らせるモノだからです。
ところが、今の反対派は、9時、12時、15時の3回だけに座り込みをしていて、しかもコロナ対策で、警察が彼らを排除に来れば、さっさと道を空けるのだそうです。つまり、反対派と警察が馴れ合っているのです。ダンプカーも、反対派のいない時間帯に来ればいいわけです。
かつては、この抗議活動も24時間の座り込みをしていたはずです。そして、場合によっては暴力的なこと(警官が力ずくで排除をすることに対抗するため)も辞さなかったのです。(それが正しいことかどうかは別の話)。
ひろゆきさんは、「座り込み」の定義をこう述べます「その場に座り込んで動かないこと。目的をとげるために座って動かない」
それに対して、基地反対派の著名人のツイートです。
「ひろゆき氏の言動を面白がって『いいね』している人も。どこまで侮辱すればいいのか」
「(抗議活動が長期化しているのは)本土に住む日本国民の無関心や傍観者的な姿勢が原因になっている」
「ひろゆきが辺野古行ったんです。辺野古。もちろん夕方だから人いないんです。(略)もうね、アホかと。馬鹿かと」
「何というかもう、山城博治を知らなかったとしても、自分よりずっと年上で、抗議の責任者に対して、ここまで失礼な態度はないだろう。(略)座り込みはこんな奴に娯楽を提供させるためにやっている訳じゃない」
「調子に乗って、ちょろっと調べただけの浅い知識でモノを言うからボロがでる。もう少し謙虚に生きたほうがいいと思う」
「『座り込み』という言葉。『座り込み』は万国共通の抗議の手法。英語でもシットインという。一日のうちほんの何時間であってもそこに座り込み抗議の意志を示す」
繰り返しますが、これらは本名でツイートしている著名人たちのモノです。その上から目線の言葉の数々にはウンザリします。ひろゆきさんも(おそらく)取材で来ているのだから、基地反対派が山城博治さんを尊敬するように、ひろゆきさんのことも丁重に出迎えればいいのです。
このツイート群を読むと、辺野古に関心がある若者であっても、基地反対派を怖がることになるでしょう。何故なら、このツイートはひろゆきさんのツイートに「いいね」をした数十万の人にも攻撃をしているからです。これでは本土の理解者が増えず、座り込みをするメンバーも不足するのも当然です。ひろゆきさんの言動にも問題はあったでしょうが、基地反対派も稚拙なツイートを晒してしまったように思うのです。
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