闘うブログ!レフティ中尾 社会派!

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安楽死を考える。「個人的には、死なせてあげる優しさもあると思っている」という精神科医に反論します

というツイートを見かけたのです。どうにも気に入りません。ツイートの続きです。

「何が何でも生きた方が幸せってことはないんじゃないかね。

『救って良かった』というのは医療者のエゴかもしれない。

『生きてて良かった』は生存者バイアスの可能性もある。『死んでよかった』という人の声は聞けないもんな」

私は双極性障害のため、長年精神科に通っています。うつ状態に陥るとその苦痛のため自殺念慮が起きます。死んだ方がマシだと思うほど辛いので、自殺の方法をリアルに考えたりします。しかし、それを実行に移せません。何故なら気分が落ち込みすぎて、行動力がほぼ皆無になるからです。そして我にかえり、救急車を呼びます。最後の最後に「苦しくても生きよう」と脳が訴えてくるのかもしれません。

その精神科医安楽死リビングウィルを推奨しているのでしょう。私は私の体験として、それは危うい考えだと強く思います。「救って良かった」が医療者のエゴではなくて、「死なせてあげる優しさ」の方が、ずっとエゴです。本音を言えばいいじゃないですか。先が短い高齢者を診るのはやりがいがない、医療費の無駄遣いだ、と。その本音を真っ直ぐに言えないことは正当化出来ないのです。

相模原事件を忘れてはなりません。この事件は実行犯にとって「役に立たない」とされる障害者を無差別に殺傷したものです。その犯人には「死なせてあげる優しさ」があったのは間違いありません。彼らに投入される人的資源や医療費もムダだという思想です。これもまた彼のエゴです。

安楽死が患者の尊厳を守るとは、到底思えません。それは必ず拡大解釈されます。患者のではなくて、医療従事者にとって都合が悪いから「殺す」のです。だから患者が望んでいなくても安楽死されるケースは出てきます。やがて、安易に「殺す」ことが推奨されるようになるでしょう。

オランダ、ベルギー、スイス、カナダなど安楽死を合法化している国もあります。これらの国では、誰をどうやって「殺す」のかは知りません。しかし、私は安楽死は認めません。少なくとも、私にとって大切な人なら安楽死には反対します。もしも認められるとするなら、その条件を具体的かつ厳格に決める必要はあります。そのことはかなり長期間の議論が必要でしょう。Twitterで軽々しく発言して良いモノではありません。それにしても、医師がこういうツイートをすることが世も末ですね。

 #安楽死 

 #相模原事件