毎日新聞の記事で、茨城県境町と五霞町でイスラム教徒の生徒のために、ハラールの給食を提供したことが書かれていました。ああ、そういう支援も出来るのだなと、私は感心したのです。きっとこの給食のために、日本人もイスラム教徒の方々も、協力したのでしょう。全ての日本人の父兄さんがそれに賛同したのでは無かったかも知れませんが、概ね納得されたのでしょう。
なにより、イスラム教徒の生徒たちが、周りから好かれているからこそ、また日本人生徒たちも互いに友情を育んでいるからこそハラールの給食が実現したと私は想像するのです。
また、北九州市の給食では毎日の献立がハラール食でもなく、月に6回、アレルギー等の対策も兼ねて豚肉を鶏肉にしたらしいのです。これもまた、お互いを尊重した結果なら何の問題もありません。地域によっては、移民を積極的に受け入れることもあるのだから、今後もそうした給食は増えるのでしょう。
いいことじゃないか。と素直に思ったのですが、それを批判する声がX(Twitter)で溢れかえっているのです。ここは日本だから日本に従え。郷に入っては郷に従えと言うじゃないか、と。
私はその「郷に入っては郷に従え」の言葉の用い方に疑問があるのです。そのような排他的な言葉だったっけ?
異文化に触れた上で、その文化を尊重するという意味だと私は思っていたのです。ところがXの人たちは、イスラム教徒も日本の食文化に従え、と言わんばかりなのです。そのような日本文化の「押し付け、強要」をしてもいいのでしょうか。
Wikipediaでは「郷に入っては郷に従え」についてこう書かれています。これにも私は納得いかないのです。
「よその土地に入ったならば、その土地の風習を尊重してそれに従った方がいいということを意味する。文化の異なるところに入ったならそこの文化を尊重して、むやみに自分たちの文化を持ち込んではならないということである」
何故異文化を持ち込んではならないのか。今回はイスラム教徒の生徒たちが日本の文化に触れてそれを尊重したからこそハラール給食が実現したのです。彼らが皆に溶け込むことなく、嫌われていたら、ハラール給食なんて皆が反対します。日本の文化を絶対的なものとして、海外から移住してきた人たちに一方的に順守や同化を強いることが正しいことなのでしょうか。私はそうは思いません。
恥を忍んで告白しますが、私はイスラム教やイスラム教徒について全くの無知です。ハラール食も耳にしたことはありますが、詳しいことは知りません。ついでに言えば、私はお寿司も蕎麦もトンカツも好きですが、ハンバーガーもピロシキもキムチもインドカレーも好物です。イスラム料理を食べる機会があれば、食べてみたいです。それのどこが悪いのか、さっぱりわかりません。
私はむしろ、イスラム教徒の生徒たちが「郷に入っては郷に従え」の通りに、皆と仲良くしたことにこそ敬意を表します。そもそも異文化にも寛容さを持つことがその格言の意味だと思うのです。まるでハラール給食のせいで、日本がイスラム教に乗っ取られると言わんばかりにXでヘイトをばら撒くことこそ、恥ずべきことです。
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